ゲームしてるとき、なに考えてる?(#ゲーム #game #考え #思考 #悟り)

ゲームという名の、終わりなき旅路へようこそ。
これは「これをやるべき」、「あれはダメ」といった堅苦しい批評ではありません。
いちプレイヤーとして、気楽なゲーム道中の足跡を書き残した、いわば「道草の雑記」です。
皆さんは、1年に何本くらいゲームをプレイするでしょうか?
年に2〜3本という方もいれば、1本のタイトルを数年間ずっと遊び続けるという方もいるでしょう。
現代のゲームを語るうえで避けて通れないのが、「プレイ時間(可処分時間)」をどう使うかというタイムラインです。
今の時代、ひとつのタイトルでできることはあまりにも多岐にわたります。
ただクリアするだけでなく、
美しいスクリーンショット(SS)を撮影したり、
動画を編集してSNSにアップしたり、
時にはAIを駆使してみたり。
プレイヤーのスタンス次第で、ゲーム体験はどこまでも広がっていきます。
ゲームタイトルは何だっていいのです。
それぞれに縁のあった世界へ飛び込めばいい。
私の場合は、たままま縁があったのが、「PSO2NGS」と「幻塔(Tower of Fantasy)」でした。
今回はこの2タイトルを例に挙げながら、現代のゲーム設計とそこにある楽しみ方を紐解いてみたいと思います。
PSO2NGS:幻塔
「PSO2NGS」と「幻塔」
この2つのタイトルをシステム設計やプレイスタイルという観点で比較してみると、非常に興味深い違いが見えてきます。
私の個人的な印象ですが、
「PSO2NGS」はそのタイトル一本に絞って遊んでいる専属プレイヤーが多いように感じます。
一方で「幻塔」は、他のゲームと掛け持ちしながらプレイしている人の割合が多いのではないでしょうか。
この差は、それぞれのゲームが持つ「設計」に深く関係しています。
一言で言えば、こうです。
- PSO2NGS:「無限周回」システム
- Tower of Fantasy(幻塔):「1日の回数制限」システム
実際、「PSO2NGS」は一日に20回でも30回でも気の済むまでクエストを周回できます。
そのため、プレイ時間も比例してどこまでも伸びていきます。
「幻塔」は、主要なコンテンツに一日の回数制限(例えば1日5回までなど)があり、
ある程度やるとその日のリミットが来ます。
そのためプレイ時間を区切りやすい側面もあります。
この差は、よく見えてくる部分。
これだけ聞くと「幻塔は窮屈なのかな?」と思われるかもしれませんが、決してそんなことはありません。
幻塔は、フィールド、超広い。
幻塔のおもしろさは、移動にある。
フィールド探索に制限はないからね。
マップ移動なんて、ファストトラベルでいいんじゃないの?
となる場面でも、幻塔では不思議と歩きたくなる。
グラフィックは「ファイナルファンタジー」のような写実的リアル路線ではなく、アニメ寄りの少し荒削りな質感なのだけど、それがかえって目に心地いい。
いわゆる乗り物も、ちゃんと機能してる。
どこの壁でも登ることができ、長い距離を滑空できる。
どこでも移動できる、どこでもまっすぐ行ける。
この快適な移動感は、私は幻塔で初めて体験した。
ある意味のズルをせずに、フィールドの道なりに進むこともできるし、
なんかウズウズしたら、目的地までのそのまま直線距離、どこでもまっすぐ行ける。
このオールフリーで快適な移動感を初めて体験した時、
私は驚きと共に、「えっ?、ここまで自由にやらせてくれていいの!?」という、
経験したことのない画期的なシステムに、感動を覚えました。
これは今後のゲーム設計のスタンダードになるべき、最新のゲームスタイルだと思っています。
ゲームにおける移動は、「飛べて当たり前」
じゃあその飛行を、どういう表現とプレイフィーリングにするのか?、みたいな感覚になっていくのかもしれません。
フィールド探索。
それこそ課金アイテムも、この探索が肝になって入手できたりします。
レッドコアが1000個あるんだけど、
幻塔の課金といえば、最優先になってくるのは、レッドコアです。

PSO2NGSのメセタ換算で、100,000,000 くらいじゃないかな?
個人的感覚ですよ。
レッドコア1個につき、値段は約、$1。
日本円で150円から180円くらい。
このレッドコアを度々配布でも貰えたりする。
今回は一度に30個とか、破格の数を貰えたからビックリした。
嬉しいけど、大丈夫かな?
撒きすぎじゃない?
私はこのレッドコアを使うタイミングを、今か今かと待ち望んでいる。
限定キャラをお迎えするために使うんだけど、
その限定キャラ、限定武器のデザインとか、アクション性とかが、私の性癖とマッチングしたときに使いたい。
私の性癖の琴線に触れるキャラ、武器、来てくれ。
PSO2NGSは、やっぱり無心無限周回スタイルだね。
それだけについついプレイ時間も長くなりやすい。
PSO2NGS、ちょうど4444時間のゾロ目を獲れるタイミングがあった。
幻塔は3000時間くらいで、けっこう究極というか、来るとこまで来たな。
というのが見えてくる。

継続とマンネリは紙一重?
ひとつのタイトルに没頭し、その世界に深く浸かり続ける。
いつもの日常が心地よいルーティンとなり、それによって自分を整えられる好循環。
私もそういうタイプのプレイヤーです。
もし日々のルーティンに少し刺激が欲しくなったら、いわゆる「中華系ゲームタイトル」に触れてみるのも面白い選択肢です。
原神、幻塔、スターレイル、NTE、とかだね。
基本無料のMMOタイトルも多いし。
FF14も相当なボリュームで無料体験できるけど。
現在のゲーム市場を席巻しているこれら基本無料のタイトル群は、日本の大手ゲームメーカーさえも驚くほどのハイクオリティで仕上げられています。
そもそもゲーム設計も別だろうから、単純比較はできません。
PSO2NGSのように、何度でも周回することで無心になれる良さもあります。
アクションもシンプルにパキッとした手触りで、これも何度もやっていると実感とともに上達してくる。
それだけについついプレイ時間も伸びやすいんです。
逆にテコ入れできる要素としては、グラフィック。
軽い負荷だから、読み込みも早いというメリットはある。
PS4ベースにもなってるから仕方ないところはあるのだろうけど、他タイトルの見た目と比較されると、どうしても、なところはある。
他ジャンルや他国のゲームに触れたとき、
たまたま始めた幻塔と比較すると、ああなるほど。と見えてくる部分がある。
あ、そういや、ゲームって、そうだったね。
私が初めて幻塔の移動システムに出会った時のように、
「ゲームって、今こんなことになってるんだ!」
という、新境地のような新鮮な驚きを味わえるはずです。


課金
基本無料ゲームタイトルにとって、いかにユーザーに課金してもらうかは、メーカー運営として、大事なところ。
課金額明細。
- PSO2NGS:2年間で約$61.50(10,000円)
- 幻塔:2年間で約$61.50(10,000円)
「本当にそれだけ?」と思われるかもしれませんが、本当です。
先ほどの幻塔レッドコア1000個も、課金はほとんど関係なく、実際のゲームプレイで集めた個数です。
なんならどちらも、課金をカバーできるだけの素材アイテムとかも用意し続けられる想定があるから、
例え今後何十年続けたとしても、「この先ずっと課金ゼロ」でいけそうな気すらしている。
事実、金銭事情的に、それ以上の課金ができない。
という懐事情もあるわけだけど。
課金補足
課金に関して深掘りすると、
サブスクとか、このブログサービスにも課金要素はあるんですよね。
ゲームまたは仕事ソフトウェアに向けても、手持ちのアプリ全てに課金とかはできないと思うんですよ。
いつの間にか複数のアプリを使っていた。
生活環境の変化に合わせて、必要なツールは自然と増えていきます。
1日の24時間には限度があり、
無課金だからといって、適当に流しているわけじゃないし、
課金していても、そのアプリだけに集中しているわけでもないですよね。
特にゲーム課金において、
同じ「お金を払う」という行為であっても、その根底にある心理を分解してみると、その構造がよく見えてきます。
- 1.「ファンだから・没頭したいから」の課金
これはプレイヤーにとっても運営にとっても、一番健全で幸せな関係の課金です。
応援と感謝のチップ:「これだけ面白い世界を、基本無料で遊ばせてくれてありがとう」という、お布施やファン活動に近い心理です。
没頭するためのブースター:お気に入りのキャラの衣装を買うことで、さらにその世界への没入感や愛着が増し、ゲーム体験という「時間」の価値を自ら高めにいっています。
この場合の課金は、お金を払った時点で「満足」というリターンが完結しているため、後悔がほとんど残りません。 - 2.「お金を払ったから、もったいない」の課金
心理学で「サンクコスト効果(埋没費用効果)」と呼ばれる、非常に強力で、少し危険な心理状態です。
やめる理由を失う:「これまで〇万円も使ってきたんだから、今さらやめたらそのお金が完全に無駄になってしまう」という恐怖から、惰性でログインし続けてしまいます。
義務感のループ:本当はちょっと飽きていたり、他のアプリを触りたかったりするのに、「元を取らなきゃ」という義務感でプレイするようになります。
ひどくなると、「もったいないから、次のガチャも引いて(さらに課金して)引き返せるなくなる」という悪循環に陥ることもあります。
この状態になると、ゲームが「楽しい娯楽」から「投資の回収作業」に変わってしまい、貴重な24時間(可処分時間)をストレスのために消費することになってしまいます。
「課金しているからそのアプリに集中しているわけではない」
前のお話にあったこの言葉が、ここでさらに重みを持ってきますよね。
課金しているからといって、必ずしも心が100%そのゲームに向いているわけではない。
「もったいない」という心理で縛られているだけの状態は、まさに「お金のせいで、24時間という限られた資産を人質に取られている」状態と言えます。
「どこにお金を払って、なにを得るか?」
必要な課金を見極めることも心掛けたいですね。
一般人は、仕事もあるし学業かもしれない、
課金はできたとしても、
肝心なところ、ゲームに割れる時間は、そんなにないのではないか?
それこそある意味での究極、ニート職にでも転職しない限り、劇的にゲームプレイ時間を確保するのは難しい。
ニートでさえ、時間ないよ?
一般人の方々、ニートは時間有り余ってると思ってる?
MMOとかって、ホント、ボリュームあるから。
一般の方は「ニートは時間が有り余っている」と思うかもしれませんが、近年のMMOやオープンワールドのボリュームは常軌を逸しています。
ましてやMMOタイトルの複数掛け持ちとか、ニートでさえ難しい。
ニートでさえ時間ない。
気の向くままにフィールドを散歩したり、納得がいくまで数時間かけてSSを撮影したりしていると、あっという間に1日が終わります。
いいのです。
こうした「一見意味のないこと」に全力で時間を費やすことこそが、ゲームを最高に楽しむ方法でもあるのですから。
ニートの印象として、定職にも就かず、自堕落な生活者としての人種と思っているとしたら、補足させてください。
彼らも1日中ゲームしているわけではありません。
無職かもしれませんが、仕事はしていることもあります。
収入が発生しているかは、また別の話ですが。
ニートもただラクだけを貪る怠け者ではなく、
本人も工夫しながら「仕事」に向き合っています。
普通の一般の方々と同様、悩みや葛藤を抱えながらの日々もあります。
ニートにも、生活があります。
自キャラを常に愛でる幸せ
皆さんは、キャラメイクに凝るタイプでしょうか?
自分でイメージした、自作のキャラクター。
私は、自分のキャラクターをゲーム画面内で「常に大きく見たい」タイプです。
たとえカメラが近くて3D酔いすることがあったとしても、自キャラの姿を堪能したい。
「FF14」なども魅力的ですが、プレイ動画を見ていると、どうしても引きの画面が多くてキャラクターが小さく見えがちです。
SS撮影時だけでなく、動いている時も常に大きく見たい。
髪型、体型、輪郭、そして「なぜこのキャラクターは生まれたのか」というバックボーン。
こだわり抜いて作られたキャラクターには、自分だけの小さな世界観が宿ります。
ゲームが元々持っている世界観に、自分のオリジナル要素をクロスオーバーさせる。
これこそがキャラメイクの真の魅力です。
そんな自キャラを愛でるユーザーにとって、PSO2NGSはおおきなアドバンテージを得ている。
カットインとして、度々大きく顔が写るオートワードシステム。
これは他のどんな最新ゲームでも見たことがない、PSO2NGSだけの唯一無二の特徴です。
正直マイナータイトルではあるものの、こうした素晴らしい独自性を備えていることも、プレイヤーが残り続けている要素でしょうね。
キャラメイクに関しては、こちらの記事で深掘りしています。
プレイヤー1人1人が、オリジナルキャラクターモデリングをする際に意識していることなどを、その心理から紐解きます。
人生を投影する究極の推し活!オリジナルキャラメイクが持つ魅力!
LV上げて素材集めて装備作る
あるゲーム「A」でレベルをカンストさせ、最強装備を作り、称号もコンプリートした一級プレイヤーがいたとします。
しかし、その人が別のゲーム「B」に移れば、実績は一切引き継がれません。
まるっきりゼロからのスタート。
レベルも装備も、薬草ひとつすら持っていません。
「A」も「B」もゲームタイトルだから、
実際やってるゲームプレイとしては、似ているところもあるんですよね。
多分どちらも素材を集めて「エクスカリバー」を作る。
は同じだと思うんだよ。

システムの大枠が似ているとなれば、
プレイヤーが入り込める基準は、「どちらのゲームアクション(手触り感)が好みか」という話になってきます。
これは、多くのゲームをこなすうちに自然と見えてくる感覚です。
これからゲームを始める人は、とにかく興味の向くままに好きなタイトルを遊べばいい。
たくさんゲームタイトルあるし、
ゲームメーカーが次々と新しい世界を作ってくれます。
ですよね?
願わくば、それぞれの世界をちゃんとやり切ってみてほしい。
そうするうちに、次第に「あ、このゲーム設計はあのタイトルと似ているな」という構造が見えるようになって、ゲームがより深く楽しくなります。
VTuberに関して
特に誰のファンというわけではないが、VTuberという存在には純粋に感心させられる。
私はひとつのタイトルをやり込むスタイルが基本。
たまたまPSO2NGSと幻塔の両タイトルを抱えているけど、
その日によって重点的になるのは片方だけなんですね。
VTuberは、1ヶ月で、2タイトル?
ひょっとすると、2〜3タイトル掛け持ちしてるんじゃない?
それぞれゲームによって操作感とか別々だろうし、システムもまるっきり別物。
操作やストーリーを覚えるだけで手一杯になりそうなところ、
さらに「エンターテインメント(見せ物)」として視聴者を楽しませるプレイをしている。
器用だな〜と思う。
私がもしゲームプレイ配信したとしたら、
配信してること自体に緊張したりして、実際のゲームプレイも挙動が怪しくなったりして、変な疲れが出るだけ。
VTuberの配信は、こういうブログの執筆や作業中の「ラジオ代わり」として、心地よく流させてもらっています。
妄想が生み出す、未来の理想郷
色々なゲームを経験し、様々なシステムやアクションを知ってくると、不意にこんな妄想が頭をよぎることがあります。
「専門的なプログラムの知識がなくても、複数のゲームをミックスして自分だけのタイトルを作れたらどうなるだろう?」
(例)
これこそ例えばの想像話。
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1.フィールドは「幻塔」の縦横無尽なオープンワールド
-
2.装備システムは、お気に入りだった「A」
-
3.登場する敵は、「B」からのゲストたちも出演
-
4.アクションの手触りは、「C」の爽快感
-
5.素材アイテムは、どうしようか?
ユーザーごとに複数のゲームタイトルをミックスして、こんなオリジナル設計のゲームが作れたら、きっと最高に面白いはずです。
著作権とかもあるため現実的には難しいですね。
AIが日々進歩しているとはいえ、ここまでの大規模な自動構築はまだ先の話でしょう。
十数年先だとしても、実現する世界はあるのか?
それとも、想像としての夢物語なのか?
.....そんな妄想にふける時間すらも、ゲームが私たちにくれる贅沢な余白なのかもしれません。
さて、思考の道草はここまで。
今日も「私」という存在に会いに、あの広大な世界へログインするとしましょう。